黒飴にハマっています

松屋の黒飴を讃える文章を考えてみました。

この飴、美味いなあ。沖縄の黒糖を使った黒飴は多々あるけど、松屋は別格。舐めていると、残り少なくなった飴が、ボロっと崩れて舌の中で転がる感じがいい。ノドの奥の方からなにかを探し求めるように神秘的に出てくる唾液、それと黒飴がコラボして文字通り甘美な世界を醸し出すのだ。ギリギリまで噛み砕いてはいけないのは分かっているのだけれども、どうしても我慢できずに、まるで彼女を抱きしめる性欲を抑えきれぬかのように、ジャリジャリと上顎とした顎ですり潰してしまう。その時の豊満なとろけるような官能的な甘味。それはこの世のものとも思える原体験の記憶かもしれない。それとも天女?とにかく甘味に深みがある。まさにどこにもない稀少な【食べるダイヤモンド】なのだ。有難う松屋!

『黒飴にハマっています』へのコメント

  1. 名前:遊び人の衆さん 投稿日:2022/09/29(木) 04:22:11 ID:7055c6c72 返信

    やはり文章力がないな。「舌の中」ではなく「舌の上」だろうが。タンにあめ玉を仕込めば「舌の中」になるがな。それに唾液は神秘的に出てくるわけではないので、表現を考えるべきだな。三島由紀夫でも読んで、美文を勉強しなさい。

  2. 名前:稲太郎 投稿日:2022/09/30(金) 20:42:28 ID:3e774e525 返信

    私は詩人である。詩は文法が間違っていてもいいのだ。例えば名詞を形容するのは形容詞(美しい花)であり、動詞を形容するのは副詞(美しく咲く)となる。しかし、詩人は「美しく花」でもOKだし、場合によっては「突然に未来」とかいくらでも省略をしてしまう。その広い使い方が許されるのだ。素人がチャチャをいれてはイカン。オッホン。

  3. 名前:稲太郎 投稿日:2022/09/30(金) 21:52:52 ID:0e5f8d78e 返信

    それは単なる現代用語である。形容詞を使いべきところに副詞を使うのはなにも詩人だからではない。ただ単に現代用語に流されているだけ、つまり文章力がないということだ。それに稲太郎は詩人ではなくただの変質者ではないか。

  4. 名前:遊び人の衆さん 投稿日:2022/09/30(金) 21:53:48 ID:0e5f8d78e 返信

    それは単なる現代用語である。形容詞を使うべきところに副詞を使うのはなにも詩人だからではない。ただ単に現代用語に流されているだけ、つまり文章力がないということだ。それに稲太郎は詩人ではなくただの変質者ではないか。

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