ラングストン・ヒューズ

ラングストン・ヒューズという人種差別と闘った人(詩人)を知っていますか? 

ユダヤ系やネイティブ・アメリカンなど多くの血が混ざった一家に1902年に生まれ、それまでアメリカ白人の手によって書かれていたニセの黒人像を捨て、黒人自身の手で本物のブラックアメリカの文化・風俗を描いた人物です。彼は日本にも来たことがあり(彼自身は初め知らなかったのですが)公安にマークされていたようなことも書かれてありました。もちろん戦前です。亡くなったのは僕が小学生の頃ですから、まだまだ最近の人だったのですね。

どうして彼のことがこんなに気になるのか自分でもわかりません。とにかくその音の響きがいい。ラングストン・ヒューズ、ラングストン・ヒューズとついつい口を突いて出て来てしまうのです。お風呂に入ってラングストン・ヒューズと独りごとを言ってると「ナニ独り言いってんのよう」とカミさんの声も(笑)。

この人の名前を知ったのは、僕が以前入っていた短歌結社「はな」でその主宰者の一人がこの人を取り上げて書いて下さいとある会員さんに頼み、1年ほど連載していたからです。その頃はあんまり興味がなかったです。それがなぜ今頃?と自分でも不思議。そこで調べてみると、二つの本を出版してるんですね。それがこれ。

「僕は多くの河を知ってる」。もう一つは「君は自由になりたくないか」

(そうか、これだったんだ!僕が求めていたものは)と膝を打ちました。目に見えないなにか引き寄せるものがあったのでしょう、この言葉(題名)に思いっきり惹きつけられました。今の自分にぴったり。前著が「僕は」という言葉で、後の方は「君は」で訴える。<川を知ってる>というだけで、つげ義春を彷彿とさせ、またそれを題材とした佐々木昭一郎の名作テレビドラマ「紅い花」のリバーという曲も思い出させます。<自由になりたくないか>は、はやり紅い花にでてくる【脱走兵】を連想させます。人権思想家であり、またコロンビア大学に進学しながらも、やはり当時の差別に嫌気が差して退学していることも彼の執筆活動に大きな影響を与えたことでしょう。詩も素晴らしい。ヒューズにますます興味が湧きました。近く図書館へ行って借りてくるつもりです。

そこで、この二つの題名を繋げて短歌にできないものかって思案しました。

・ぼくたちは多くの河を知っている 君は自由になりたくないか

ほとんどそのまんま。稲太郎作とは書けません(笑)。

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