神楽坂へ

神楽坂へ行きました。

天気も悪くなかったんでね。それに、神楽坂には思い出もあります。それは僕が初めて小説で賞をとったとき、その選考会の報告と表彰式が神楽坂の出版会館とかいう場所であったのです。(今はあるかどうかしりません)。その二次会もやはり神楽坂でした。大賞には及ばず、2位であったのですが、ああ、もうこれで書くこともないだろうと安堵した思い出がありますね。僕は職業作家になるなんて初めから思っていません。でも、三位になった女性二人はそうではありませんでした。帰りに、その一人に安易な気持ちで、「これからも書くんですか?」なんて言ってしまったら、「私はまだ達成していませんから!」とかなりキツイ調子で言われてしまいました。果たして彼女は、少年少女文学では名の知れた方になってしまいましたね。俳句甲子園(高校生)の話題を小説にした森谷桂子さんて名前だったかな。

あと、もやいの会といってホームレスなどを支援する団体も当時は神楽坂付近にありました。テレビでもよく見る湯浅誠さんが初めは主宰していた会です。【年越し派遣村】って名称で有名です。そこに2度ほど参加したことがありました。結局ホームレスの救済は僕にはできませんでしたが、今は町おこしに捧げています。神楽坂付近はそんなこんなで思い出深いです。

でもカミさんはそんなこと、まったく興味ありません(笑)。とにかくおいしいお店があるから「行こ行こ」という、それのみ! 本日行ったお店は、ル・ブルターニュというフランス料理店で、入るまでに40分は待たされたでしょうか。2時半過ぎにやっとお昼ご飯に預かりました。家内と娘は飲み物はシードルといって、リンゴのアルコール入りサイダー。僕はコーヒー。食べ物は三人ともガレットを注文しました。(娘はデザートクレープ付き)

写真は、レストランの近くにある毘沙門天です。カミさんはマスクしているのが見えますね。右側に変な和服を着ているのが娘。実は娘は和服を着て帽子を被り、【ブーツを履く!】というとっても変な奴。実はこのあと東西線から千代田線に乗り換え、根津の竹下夢二美術館まで行くのですが、見ての通り大正ロマンにどっぷりなのです。あの時代のデカダンスというか退廃的なものが魅力なんでしょうね。おお、キモイ! もっとも僕の母も、もうとっくに主婦は洋服で家事をするような時代になっていたのに、昭和40年代50年代になっても和服で仕事場に出ていることがとても多くありました。もともと江戸時代から続く染物屋が実家であったので和服には愛着があったのでしょう。隔世遺伝です絶対。

足が今でも痛いのでとっても疲れました。もうコリゴリ。一人でのんびりどこかへ行きたいなあ。

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