雑賀君から電話があった

昔、僕のところでバイトで働いていた雑賀君から電話がきました。

彼は文学を志していたんですが、途中で挫折し、今は普通のサラリーマンをしているようです。今年は厄年42歳になるんで千葉神社か浅間神社に行って御祓いでもしてもらおうかなって言ってました。彼がうちで働いていたのは大学生のころです。もうそんな歳にになるんだなって感慨深いものがありました。

本名は博隆っていうのですが、そのままの名前ではどこにでもある平凡な名前だからペンネームを付けてあげようと僕が付けた名前がカタカナで【ヒラタカ】!でした。 雑賀ヒラタカなんて名前ならどこにもないだろって冗談半分だったんだけど、彼はそれがとても気に入ったようです。反対から読むと、語らい甲斐がある。(語らひ甲斐さ)となるのもその一因だったようです(笑)。(それで投稿したこともあるそうなんですよ)

彼は、自分が和歌山県の出身であり、雑賀一族の末裔であることを誇りにしていました。なんせ頼朝に最後まで抵抗していた傭兵ゲリラ軍団だったんですからね。中でも雑賀孫一は鉄砲頭として後世に名を残しています。その彼も今では結婚して兄妹の子宝にも恵まれているそうです。

『雑賀君から電話があった』へのコメント

  1. 名前:遊び人の衆さん 投稿日:2022/03/12(土) 22:52:49 ID:8f55862b8 返信

    雑賀衆は鉄砲伝来後に根来衆に次いですぐに鉄砲隊を作った。種子島のような日本の端の方に伝来した鉄砲がなんで野火のごとく一気に広がったのだろうか。しかし、実際に広がった鉄砲はポルトガルから伝来したと言われているヨーロッパ式の遅発式ではなくマラッカ式の瞬発式だったのだ。つまり既に東南アジアに伝来し改良されたものなのだ。当然当時の日本人も渡航して目にしていたはず。だから伝来時には既に知られていたと見るべきだな。

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