もう7月も半ば。昔の少女漫画

早いもので、もう七月も半ば近くになりました。年年歳歳花相似たり歳歳年年人同じからず。そういう言葉を思い出しました。

この歳になると、思い出話ばかりになります。

本日は、さっき読み終わったばかりの本、萩尾望都の「一度きりの大泉」のことをお話するのですが、なんで70歳過ぎた今頃になって半世紀も前の女の子同士のギクシャクした気持ちをさらけ出すもんかねえというのが本音でした。女性って、そういう陰部を言いたくなっちゃうのなのかなって気持ちです。僕だって人間関係でイヤはことはいっぱいありましたよ。誰だってある。でも言わなくてもへっちゃらです。頼まれたって書きたくないですわ。認知症のお陰でかなり【図太く】なりました(笑)。

それと、もう一つ言いたかったことは、後の方で「ポーの一族」が初版が3日で3万部も完売したことについて言及していますね。そこで彼女は多くの読者に感謝しています。みんなが働いたお金、親からもらった大切なお小遣いで私の本を買ってくれたんだなって。そういう素直な歓びが読み取れました。でも、ちょっと忘れていることがあるのでは?って思いました。実は、彼女の読者って女の子だけではなかったんです! 僕や僕の大切な友(男)もみんな「スゲー!」って読んでいたんです。それを見逃してはいませんか?アンケートで最下位をとって失望した「トーマの心臓」だって多くの男性ファンが読んでいたはずです。男はアンケートなんか出しませんからね。彼女のすばらしさを支えていたのは実は男性だったってところも感じてほしいのです。でなきゃ、女性漫画家で初の紫綬褒章なんかとれないでしょう。性別を超えて読まれる漫画であることこそ彼女のすばらしさであると僕なんか思っているんです。もちろん竹宮恵子の「風と木の詩」も読んでいましたけどね(笑)。

もう昔のいざこざなんざ、水に流しましょう。

『もう7月も半ば。昔の少女漫画』へのコメント

  1. 名前:遊び人の衆さん 投稿日:2022/07/16(土) 23:26:54 ID:b42c175b3 返信

    朝鮮人は千年忘れないそうだ。「長恨歌」でも天長地久これを恨むなんてくらいで忘れないんだな。
    稲太郎はただ単に認知症で忘れているだけなのだろう。

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